東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1288号 判決
一、〔証拠〕によると、昭和四一年五月一二日控訴人が被控訴人に対し、もし控訴人が本件建物と同一敷地内にF室とほぼ同じ広さの建物を新築し、移転先として提供するならば、これに移転してくれるかどうか尋ねたところ、被控訴人は移転してもよい旨答えたこと、控訴人が新築した建物は、本件建物敷地の東寄りの部分一一三・一八平方メートルを区切り、その上に建てられた、F室(階段部分を含めない)とほぼ同じ床面積六一・八六平方メートルを有する独立の建物で、公道に通ずる専用の出入口を有し、三つの寝室、一つの居間、台所、シヤワー付浴室、水洗便所を備え、外国人向きに作られていること、被控訴人は右建物への移転を拒む一つの理由として通風・日当りの悪いことを指摘するが、通風の点は二階にあるF室に比較してやや劣るとしても、日当りはむしろF室よりすくれていること、電話の点についても、控訴人は新築建物を提供するに当つて電話付きで賃貸する旨表明し、もし被控訴人が希望するならば同人がF室で使用中の電話を時価で買い取つて新築建物に架設してもよい旨申し入れたこと、新築建物を新規に権利金・敷金の授受なしに賃貸する場合の適正賃料額は月額六九、七〇〇円であること、控訴人が当初申し入れた賃料月額は五〇、〇〇〇円であつたが、被控訴人が従来のF室の賃料額と同額の二九、〇〇〇円となすべきことを強く要求したので、和解担当裁判官の勧告に従い両者のほぼ中間である四万円にまで減額したこと、以上の事実が認められ、成立に争いのない甲第二五号証中右認定に反する記載部分は前掲各証拠に照らし事実に符合するものとは認められない。
また、成立に争いのない甲第一五ないし第二〇号証、当審証人黒坂雅昭、同セツコ・モンタルト(第一、二回)の各証言、当審における控訴人及び被控訴人各本人の供述によると、本件建物(F室を除く)を賃借していたソヴイエト大使館は、当初からF室を含めた本件建物全体を賃借することを希望し、それが実現すれば賃料月額を一〇万円増額してもよい旨申し出ていたが、被控訴人がF室を明け渡さないため結局実現せず、控訴人が前記新築建物を被控訴人に提供した当時(昭和四一年一一月)にはすでに本件建物から立ち退いていたこと、同大使館の立退後各国大使館、領事館等から本件建物の賃借の希望が控訴人に寄せられているが、それらはいずれもF室を含めた本件建物全体を賃借したいというものであつて、F室を除く他の部分を一括賃貸することは事実上困難であること、他方被控訴人がF室の明け渡しを拒む主要な理由となつていた子供の転校の問題も、昭和四一年五月当時長男は埼玉県志木にある立教高等学校二年、次男は池袋にある立教中学校三年、長女は麹町にある雙葉中学校一年にそれぞれ在学中であつて、F室から立ち退くとしても、よほど遠方に転居するのでない限り子供の転校を必要としない状況となつたこと、同年現在において東京都内で本件F室と同じ程度の面積と設備を有するアパートを借りようとする場合、特に地理的条件のすぐれた場所を選ぶのでない限り、月額四万円か五万円程度の賃料で賃借することができることが認められる。
(二)ところで、控訴人が前記新築建物の提供に伴い昭和四一年一二月九日被控訴人に到達の書面(同年一二月一日付準備書面)をもつてあらためて本件賃貸借の解約の申し入れをなしたことは本件記録上明らかであつて、右(一)に掲げた事実と前記二の(一)、(二)及び三の(一)で認定した事実とを合わせ考慮すると、控訴人が右解約申し入れをなすについては正当事由が存するものと認めるのが相当である。
してみると、右解約申し入れの時から借家法所定の六か月の予告期間が満了する昭和四二年六月九日の経過の時に本件賃貸借は終了し、右終了に伴い、被控訴人は控訴人に対し本件F室を別紙目録(二)記載の家具とともに明け渡し、かつ、同年六月二〇日以降右明け渡しに至るまで一か月金二九、〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務を負うに至るものというべきである。
二、右予告期間の満了は本件口頭弁論終結時からみて将来のことに属するが、それまでの間に、本判決で正当事由の判定の基礎とした事実関係について右判定を左右すべき重要な変更が生ずるとは考えられず、また、右予告期間満了の時に被控訴人が任意に明け渡し義務を履行することは従前の経緯に徴して期待し難いので、右の点は本判決で本件賃貸借の終了に伴う前示義務の履行を命ずることの障碍とはならないものと考える。なお、前記昭和四二年六月九日は、すでに経過しているから、本判決主文第二項においては、特に将来の給付を命ずる旨を掲げない。
(三淵 伊藤 村岡)